多様な水滴や氷粒をきちんと表現して計算することで、積乱雲の生成・発達や降雨を高い精度で再現します。

島 伸一郎

PI 島 伸一郎

兵庫県立大学

研究概要

雲を再現することの難しさが、気象モデルの予測に誤差をもたらす大きな要因となっています。
島さんらは「超水滴法」という独自の計算手法を2005年に開発しました。
それにより、従来法よりも高い精度で雲を再現できる道が開けました。
雲は、微小な水滴や氷粒が集まったものです。
しかし当初の超水滴法では、水滴はうまく表現してその振る舞いを計算できても、
氷粒は対象外でした。水滴はほぼ球形ですが、氷粒の形はさまざまだからです。
島さんらは2020年、多様な氷粒をきちんと表現して計算する改良版の超水滴法を開発しました。積乱雲からは真夏でも雹(ひょう)が降ることがあるように、氷粒が多く含まれます。
本プロジェクトにおいて、過去に風水害をもたらした積乱雲などの気象現象のシミュレーションに、初めて改良版の超水滴法を導入します。それにより、積乱雲などの発生・発達や降雨を従来法よりも正確に再現して、蓋然性の推定精度の向上に貢献します。

研究内容

エアロゾルと呼ばれる空気中の微粒子がないと、雲は非常にできにくくなります。エアロゾルの表面に水蒸気が凝結して雲粒と呼ばれる水滴となり、それらが集まり雲となるのです。暖かい雲の中では雲粒が衝突合体を繰り返して大きくなり、やがて大きな雨粒となり、地表に雨となって降り注ぎます。

雲の生成・発達や降雨を再現するには、雲の中で起きている雲粒の運動・状態変化・衝突合体を物理法則に基づいて計算する必要があります。ただし、雲には1m3当たり約1億個の雲粒があります。それら全ての振る舞いを把握するには膨大な量の計算が必要です。将来、どんなに高速の計算機が登場しても計算し切れません。

そこで、雲粒の動き・状態変化・衝突合体を簡略化して計算する必要があります。従来からの手法としては、バルク法やビン法が知られています。バルク法では、雲の中を格子に区切り、各格子内の水の総質量や平均粒径など、雲粒集団の統計量だけを計算します。より詳細な手法であるビン法では、縦軸を粒子数、横軸を粒子のサイズなどにしたヒストグラムで格子内の雲粒集団を表現します。つまり、どちらの手法も雲粒を粒子として表現しているわけではないため、粒子の動き・状態変化・衝突合体を正確に計算することが難しいという問題があります。

島さんらは雲粒を粒として表現して計算する「超水滴法」を2005年に開発しました。超水滴法は、サイズや化学組成などの性質が同じ多数の水滴を、雲の特定の位置にある1個の「超水滴」として表現します。そして、ほかの超水滴との衝突合体を物理法則に基づいて計算します。

同じようなものが多数ある場合、それを1個に代表させて計算しても、結果はおおむね変わらないと考えられます。超水滴法は、実際の雲の中の水滴をそのまま粒子として扱うことにより、従来のバルク法やビン法に比べて、雲の振る舞いを高い精度で再現することができます。

(図1)従来のバルク法やビン法と超水滴法の違い

しかし超水滴法でも、きちんと表現できていないものがありました。上空に行くほど気温が低くなるため、水滴だった雲粒は氷粒になります。

水滴の形はほぼ球形なので、サイズの違いで表現できます。しかし、雪の結晶は例えば樹状や針状のものがある一方、霰(あられ)や雹(ひょう)は丸いなど、大気中の氷粒はさまざまな形をしています。また、氷粒の密度も、隙間が多いものからぎっしり詰まったものまで大きく異なります。従来の超水滴法は水滴を対象としていたため、多様な氷粒を表現することはできず、氷粒を多く含む雲の計算に使うことはできませんでした。

積乱雲は高度10kmを超えて発達するため、氷粒を多く含んでいます。氷粒は、形によって落下速度が異なり、衝突合体の仕方や解け方も違います。そして、大きく重い氷粒ができると降水量が増えます。積乱雲の中で起きていることを再現して降水量などを導き出すには、多様な氷粒をきちんと表現して計算する必要があります。

島さんらは、氷粒の多様な形を多孔性の回転楕円体の「超粒子」で簡略化することにしました。回転楕円体を変形させることで氷粒のおおよその形を表現できます。さらに密度の違いによって、樹状なのか角板状なのかといった氷粒子の内部構造の違いを表現します。それぞれの氷粒や水滴に含まれるエアロゾル成分の量も考慮します。このようにして、氷粒の運動・成長・衝突合体をも計算できる、改良版の超水滴法を2020年に開発しました。

(図2)改良版の超水滴法のイメージ

氷粒はどのように衝突合体してきたのかという履歴や、プラスやマイナスの電気を帯びることで、その後の衝突合体の仕方が異なります。今後、氷粒の履歴や帯電など、さらに詳しい特徴も超水滴に加えていく予定です。そのような氷粒の詳細な特徴を、バルク法やビン法のヒストグラムで表現して計算することは事実上不可能であり、これら従来の計算方法では多様な現実の雲の性質が損なわれてしまいます。

改良版の超水滴法で積乱雲を再現したものが図3です。青に小さな氷粒、赤に大きな氷粒である霰(あられ)や雹(ひょう)、黄に雨粒が含まれています。

(図3)改良版の超水滴法による積乱雲の理想実験

ただし、図3のシミュレーションは、計算がしやすい単純化した条件で積乱雲を再現した「理想実験」です。現実には、例えば地表の地形には凹凸があり、都市や森林が広がっていたりしますが、この理想実験では、平らな海面という条件で計算を行っています。

本プロジェクトでは、改良版の超水滴法を用いた現実的な条件での「現実大気実験」を初めて行います。現実大気実験では理想実験よりも広い領域を長時間にわたり計算します。計算量が増えるため、その分、格子サイズも大きく解像度が粗めになります。

特に超水滴法では、計算する領域の外側から超水滴や超粒子が流入してくることを考慮する必要があります。理想実験ではその流入の仕方も単純な周期的条件を設定しましたが、現実大気実験では、現実的な複雑な条件にする必要があります。

このように理想実験と現実大気実験では条件や設定が大きく異なるため、改良版の超水滴法を導入した場合、どのような積乱雲が再現されるのか未知の部分があります。また、現状の超水滴法では、まだ水滴や氷粒が分裂することを考慮していません。それが積乱雲の降雨量などに影響を与える可能性があります。

本開発プロジェクトにおいて、実際の積乱雲の中にある水滴や氷粒の特徴や振る舞いを航空機や気球、新型レーダーで観測したデータと超水滴法の再現結果を比較して違いを確かめ、改良を続けていきます。

そして線状降水帯など風水害をもたらした過去の事例について超水滴法でシミュレーションを行い、従来法よりも超水滴法の方が、積乱雲の生成・発達や降雨を再現する精度が高いことを示すことを目指します。それにより、蓋然性の推定を可能にする気象モデルの開発に貢献していきます。