エアロゾルと雷発生の計算を統合して積乱雲を再現します。

佐藤 陽祐

PI 佐藤 陽祐

北海道大学

研究概要

空気中の微粒子「エアロゾル」がないと、雲は非常にできにくくなります。
しかしこれまで、雲の生成に必要なエアロゾルは一様に分布していると簡略化して雲の計算が行われてきました。また、雲の中で発生する雷も計算してきませんでした。
人工的にエアロゾルを散布することが、雲を制御する方法の一つです。しかしエアロゾルを増やすことで、予想外の大雨や雷の被害が起きてしまったら困ります。積乱雲の発生位置や時刻、降水量や風速などの蓋然性にも、エアロゾルの量や雷の発生は影響を与える可能性があります。
私たちは、エアロゾルと雷発生の計算を統合して雲を再現する計算プログラムの開発を、世界に先駆けて進めます。

研究内容

寒い日に息を吐くと、白く見えることがあります。ところが、例えば南極のような場所では吐く息が白く見えません。吐いた息が白く見えるのは、口から出た水蒸気が空気中のちりなどの微粒子に集まり凝結して水滴となるからです。そのような微粒子を「エアロゾル」といいます。ところが南極では空気が澄み切っていてエアロゾルがほとんどないので、水蒸気が集まって水滴となることができず、息が白く見えないのです。

お線香に火を付けると、白い煙が立ち上ります。お線香が燃えると微小な灰が出て、その灰のエアロゾルに空気中の水蒸気が集まり白い煙として見えるのです。エアロゾルに水蒸気が集まり凝結した水滴は、雲をつくる雲粒と同じものです。

もし水蒸気の量が同じならば、エアロゾルの量が少ないと、1個のエアロゾルにたくさんの水蒸気が集まって少数の大きな雲粒となり、逆にエアロゾルの量が多いと、水蒸気は分散して小さな雲粒がたくさんできます。

(図1)エアロゾルの量と雲粒のでき方の違い 水蒸気の量が同じならば、エアロゾルが少ないと少数の大きな雲粒ができ、エアロゾルが多いと小さな雲粒がたくさんできる。

エアロゾルの量は、雲の発達の仕方や降水量に違いをもたらす可能性があります。エアロゾルの量が降水量に与える影響について、以下のような仮説があります(図2)。

エアロゾルが少ない場合、少数の大きな雲粒ができ、それらが集まってすぐに雨粒となり、地上へ雨となって降り注ぎます。上空に運ばれる雲粒の数は少なくなるため積乱雲はあまり発達せず、降水量も多くなりません。

一方、エアロゾルが多い場合、小さな雲粒がたくさんできて上空へ運ばれるため、より発達した積乱雲となります。降水量も多くなる可能性があります。

(図2)エアロゾル量による雲の発達・降水量の違いの仮説の一つ エアロゾルが少ない場合は積乱雲が発達せず、降水量もあまり多くならない。一方、エアロゾルが多い場合には積乱雲が発達して降水量が多くなる可能性があると考えられる。しかし、この仮説には異論もある。

しかしこの仮説には異論もあり、エアロゾルの量は雲の発達や降水量に、それほど影響を与えないと考える研究者もいます。エアロゾルが雲とその雲によってもたらされる降水に与える影響は、よく分かっていないのです。それを理解するには、気象モデルにより、エアロゾルが少ない場合と多い場合の双方で雲を再現して、どのような違いが出るのか調べてみることが有効です。

しかし従来の気象モデルでは、エアロゾルがきちんと考慮されていません。雲を再現するには、大気を格子に区切って計算します。例えば、よく用いられる方法では、同じ高度ならばいずれの格子でもエアロゾルは一様で、その量は増減しないと仮定して雲を計算しているのです。

現実には、エアロゾルの量は場所ごとに異なり、風で流されたり、雲粒をつくったりします。私たちは、そのようなエアロゾルの分布や変化をきちんと計算に入れて雲を再現する計算手法の開発を進めています。

人工的にエアロゾルを散布することで、ある地域に人工的に雨を降らせたり、別の地域では雨が降らないようにしたりする取り組みが行われています。しかし、風水害を防ぐ目的で人工的にエアロゾルを散布した結果、予測に反して降水量が増えて水害を招いてしまっては困ります。

エアロゾルをきちんと計算に入れて雲を再現することは、蓋然性の推定精度を向上させるためだけでなく、エアロゾルを利用した気象制御の影響を予測する上でも重要です。

エアロゾルを散布した結果、雷の被害が発生する恐れもあります。雲の中で氷粒と霰(あられ)が衝突することで雷は発生します。発達した積乱雲の上層では水滴が凍って氷粒となります。氷粒と霰が衝突すると、一方がプラス、もう一方がマイナスの電気を帯びます。そして、積乱雲の中にプラス電荷が集まった層と、マイナス電荷が集まった層ができて、その層の間で雷が発生すると考えられています。雲を構成する粒の大きさが変わると衝突のしやすさも変わります。そのため、エアロゾルは雷の発生にも影響を与える可能性があるのです。

(図3)雷発生の模式図 氷粒と霰(あられ)の衝突により、積乱雲の中でプラス電荷とマイナス電荷の層ができ、その間で雷が発生すると考えられる。

人工的にエアロゾルを散布した結果、雷の被害が出てしまっては困ります。雷が発生するかどうかも予測した上で、気象制御を行うべきです。しかし、これまでの気象モデルでは、雷の発生は計算されていません。私たちは今、雷の発生を予測する計算手法の開発に力を入れているところです。雷の発生を計算しようとしている研究グループは、私たちを含め、世界に数組ほどしかありません。

私たちはさらに、エアロゾルと雷の計算を統合して積乱雲の生成や発達、降雨を再現する計算プログラムの開発を目指します。そのような研究グループは、私の知る限り世界的にもまれです。従来の雲の計算よりも大幅に計算量が増えてしまうからです。エアロゾルと雷の両方に関心を持つ研究者が少ないことも原因かもしれません。

私たちは計算の仕方を工夫して計算量を減らし、過去に起きた大雨や雷の発生を再現して、その計算結果と観測データに違いがあるかどうかを調べる計画です。違いが大きい場合、計算手法に原因がある可能性もありますが、雲の生成・発達に重要な要因や仕組みが計算に入っていない可能性もあります。そのような未知の要因や仕組みが見えてくることも、シミュレーション研究の大きな魅力です。