気象モデルがどれくらい蓋然性を正しく推定できるのか、調べる手法をつくり、新しく開発した気象モデルの推定精度の検証を行います。

西澤 誠也

PI 西澤 誠也

理化学研究所

研究概要

気象モデルによるシミュレーションで、どれくらい気象現象の蓋然性を正しく推定できるのか、その精度を定量的に調べる必要があります。そのために、二つの検証方法をつくります。そして、本プロジェクトで新しく開発した気象モデルによってどのくらい推定精度が向上したかを検証します。

一つ目は、どのような積乱雲ができるのかなど、生じる気象現象の性質を理論的に求めることができる理想的な条件を設定したり、複雑な物理現象は起きないと仮定したりした仮想世界を考え、そこでの物理法則に基づく精密シミュレーション計算を行い、積乱雲の位置や降水量などの確率分布を導き出します。その確率分布を正解として、同じ条件の下で気象モデルを用いて予測した確率分布がどれだけ近いかを調べる方法です。

二つ目は、過去に風水害をもたらした積乱雲の位置や降水量などの観測データをもとに、気象モデルで予測された確率分布がもっともらしいかどうかを調べる方法です。

これらの検証方法を組み合わせて気象モデルによる蓋然性の精度を総合的に検証します。

研究内容

私たちのプロジェクトでは新しい気象モデルを開発して、ある地域・条件で起きる積乱雲や竜巻などの気象現象の発生位置や時刻、降水量・風速が必然か偶然か、蓋然性を高い精度で推定することを目指しています。例えば、ある地理的条件や気象条件の下では積乱雲の発生位置にはさまざまな可能性がある、つまり蓋然性が低く位置は偶然に決まっているのであれば、少し条件を変えることでその積乱雲を人のいない海へ誘導できる可能性があります。蓋然性の推定が正しければ、その地域・条件に適した方法を選択して気象を制御し、風水害を防ぐことができます。

では、開発した気象モデルが、どれくらい蓋然性を正しく推定できるのか、どのような方法で調べることができるのでしょうか。蓋然性を推定するということはこれまであまり行われてこなかったため、その推定精度を検証する方法は確立されていません。私たちはその検証方法の開発を進めています。

ある条件下で起きる気象現象の蓋然性を推定するには、気温や気圧配置などの条件を少しずつ変えたとき、その現象の発生位置や時刻、降水量・風速がどれくらい変化するのか、例えば、積乱雲がどの位置にどれくらいの確率で発生するのかを表した確率分布を調べる必要があります。

例えば、実験室で行う化学実験ならば、薬品の濃度や温度を少しずつ変えて化学反応の結果がどれだけ変化するのかを調べることができます。しかし、積乱雲のような自然界の気象現象では、そのような実験は実現不可能です。つまり、蓋然性の正しい値、正解は分からないのです。

蓋然性の正解は分からないのに、気象モデルによって推定された蓋然性がどれだけ正解に近いかを調べなければならない、という難しさがあります。
私たちは、二つの方法で蓋然性の推定精度を調べようとしています。

一つ目は、理想的な条件や世界を考え、そこでの積乱雲などの気象現象の発生位置や降水量などの確率分布を導き出します。それを蓋然性の正解だと考え、新旧の気象モデルで予測した確率分布が、その正解にどれだけ近いかを調べる方法です。

例えば、地形を平らにしたり、気温や風速、雲の生成に必要なエアロゾル量がどの場所でも一様であるなどと条件を単純化したりすることなどにより、どのような積乱雲ができるのかが理論的に分かる理想的な条件を設定することで、生じる現象の確率分布を理論的に求めることができます。

また、例えば水蒸気が水には変わるけれども氷には変わらないといったように複雑な物理現象は起きないと仮定するなど単純な仮想世界を考えることにより、その世界での物理法則に基づく精密なシミュレーションを極めて高い解像度で行うことで、現象の確率分布を求めることができます。それらを蓋然性の正解だと考え、その条件下で新旧の気象モデルで予測した確率分布が、その正解にどれだけ近いかを調べる方法です。

現実には、地形には起伏があり、気温や風速、エアロゾル量は場所ごとに異なり、時間とともに変化します。また、気象現象には複雑な物理現象が関わっています。従って、理想的な条件や仮想世界での確率分布(仮の正解)と比較した場合の気象モデルの評価が、現実世界での確率分布(本当の正解)と比較した場合の評価と必ずしも一致するとは限らない、という点に注意しなければなりません。しかしこの評価手法は、気象モデルが予測した確率分布を、正しいと仮定した確率分布と直接比較できる、というメリットがあります。

(図1)精密計算と気象モデルの確率分布を比較する 新モデルが予測した確率分布の方が旧モデルよりも精密計算で予測した確率分布に近ければ、新モデルの蓋然性の推定精度は向上したと評価することができる。
この図では位置の確率分布を示したが、発生時刻や降水量・風速の蓋然性の推定精度も評価する。(図の確率分布はイメージ)

もう一つの方法は、過去に実際に発生した風水害をもたらした気象現象の観測データと、新旧の気象モデルで計算した確率分布を比較することです。ある一つのケースにおける観測データは、その特定の条件下で発生した1回限りのものです。少しだけ条件が変われば、いろいろな状態になる可能性があったとしても、それらの情報を得ることはできません。従って、気象モデルの蓋然性の推定精度を検証するには、多くのケースにおける観測データと比較する必要があります。

例えば、あるケースでは、積乱雲がA地点で発生したとしましょう。実際に観測されたA地点で積乱雲が発生する確率を、旧モデルより新モデルの方が高い確率で予測したのならば、新モデルの予測精度は高そうです。ただし、別のケースでは観測データを旧モデルの方が高い確率で予測したり、どちらも同じくらいの確率で予測したりすることもあるでしょう。多数のケースについて観測データと新旧モデルの確率分布を比較することで、新モデルの方が観測データを高い確率で予測したケースが多ければ、新モデルの蓋然性の推定精度は向上したと判断できます。

また、推定した確率分布の広がりの中で観測値がどこに位置するのかという情報を多数のケースで集めることにより、推定した分布の広がりのもっともらしさを計ることができます。推定した確率分布が正しい場合は、観測値の位置は、確率分布に従って分布の端の方よりも中央付近に位置する確率が高いはずです。多くのケースにおける推定された確率分布に対する観測値の相対位置の分布を考えることで、推定精度を判断することができます。

観測データをもとに信頼性の高い検証を行うためには、とても多くのケースでのデータが必要となります。現実の事例でシミュレーションを行うためには膨大な量の計算が必要であり、スーパーコンピュータを用いたとしてもシミュレーションを行うことができるケース数が限られます。従って、新旧モデルのどちらの方が推定精度が高いかについて、断定できるほどの検証を行うことは難しいと考えられます。一方で、この検証方法では、現実の観測データを用いるため、現実に起こる条件下で検証を行うことができるという大きなメリットがあります。

(図2)観測データと気象モデルの確率分布を比較する 新モデルの方が旧モデルよりも観測データを高い確率で予測したケースが多ければ、新モデルの蓋然性の推定精度は向上したと評価することができる。(図の確率分布や観測データはイメージ)

私たちは、このようにそれぞれの長所と短所を持つ二つの異なる検証方法を併せて互いの短所を補い合うことで、総合的に信頼性の高い検証方法を確立したいと考えています。そして、本プロジェクトで開発する気象モデルが旧モデルよりも高い精度で蓋然性を推定できるかどうかを確かめます。加えて、気象制御を実現するには、どれくらいの蓋然性の推定精度が必要かを明らかにすることで、新しい気象モデルの改良を促したいと考えています。