積乱雲などを現実に近い精度で描き出せる解像度を理論的に導き出します。

宮本 佳明

PI 宮本 佳明

慶應義塾大学

研究概要

計算機の中に気象を再現する計算プログラム「気象モデル」では、大気を格子に分けて計算します。
その格子の細かさ、解像度をどれくらい高くすれば、風水害をもたらす積乱雲などの気象現象の発生位置や時刻、降水量・風といった特徴を現実に近い精度で描き出すことができるでしょうか。
私たちは、その必要な解像度を、方程式を解くことで導き出すことを目指します。
それにより、蓋然性の推定に必要な解像度や再現精度を明らかにし、気象モデル開発の目標を示します。

研究内容

気象モデルで台風や積乱雲などの気象現象を再現するとき、大気を格子に区切り、格子ごとに熱や水蒸気の流れなどを計算します。その格子の細かさを解像度と呼びます。それは写真の画素数のようなものです。画素数が少ない顔写真はぼんやりしていて、誰なのか分かりません。気象モデルの計算でも、解像度が低いと台風などの特徴を描き出せません。

では、どれくらいの解像度ならば気象現象を現実に近い精度で再現できるのでしょうか。

宮本さんは2011年に理化学研究所の研究チームに入り、当時、スーパーコンピュータの性能ランキング(TOP500)で世界1位に輝いた「京」を使って、高解像度の気象シミュレーションを行いました。地球全体の気象を、どんどん高い解像度でシミュレーションしていったときに、再現精度がどう変わるのか調べたのです。

すると、格子の一辺が2kmくらいの解像度で再現精度に変化が見られ、台風を構成する積乱雲の大まかな構造などを再現できるようになりました。しかしなぜ2kmなのか、理由は謎でした。宮本さんらはその謎を理論的に解明することに挑みました。

気象を計算するときに主に用いられるのは、大気の流れを記述する「流体力学」です。現実の大気はもちろん、格子ごとに分かれていない、連続的につながったものです。流体力学も大気は連続的なものだという前提で理論が組み立てられています。

宮本さんらはその前提を変えて、「大気が格子に分かれていたら」と仮定して、気象理論をつくり直してみることにしました。そのとき問題を簡単にするために、雲の発生は考えないなど単純化した条件で理論をつくりました。そのようにつくり直した気象理論の方程式を解くことで、解像度と再現精度の関係を明らかにして、解像度がどれくらい高くなれば、現実のような連続的な大気で見られる対流などを描き出すことができるようになるのか、答えを導き出すことができます。

(図1)現実に近い再現精度に必要な解像度を導き出した計算過程 新モデルの方が旧モデルよりも観測データを高い確率で予測したケースが多ければ、新モデルの蓋然性の推定精度は向上したと評価することができる。(図の確率分布や観測データはイメージ)

さらに宮本さんらは、コンピュータを使って熱対流のシミュレーションをいくつかの解像度で行いました。すると、方程式を解いて導き出した解像度になると、連続的な大気で起きる現実に近い熱対流を描き出せるようになることを確かめました。

(図2)解像度の違いによる熱対流シミュレーションの結果の違いのイメージ 理論的に導き出した解像度よりも高い解像度では現実に近い熱対流が計算されるが、低い解像度では対流の幅や強さが異なってしまう。

宮本さんらは、この研究を2015年に論文発表しました。気象現象を現実に近い精度で再現するのに必要な解像度を、理論的に導き出す手法を開発することに成功したのです。「大気が格子に分かれていたら」という仮定のアイデアが、成功の鍵でした。この手法は、手計算で方程式を解くことで答えを導き出すことができます。

それでは、風水害をもたらす積乱雲などの発生位置や時刻、降水量・風速などの蓋然性を高い精度で推定するには、どれくらいの解像度が必要なのでしょうか。本プロジェクトでそれを導き出します。

積乱雲は水平方向の直径が数百m〜数kmとサイズが小さく、上昇気流によって雲ができ始めて積乱雲に発達し、やがて雲が消えるまで30〜60分ほどと、寿命も短い気象現象です。その積乱雲の特徴を再現するには、もちろん雲のでき方を記述する理論も必要です。

最初は単純化した条件で、積乱雲の蓋然性の推定には、少なくともどれくらいの解像度が必要かを導き出す計画です。例えば100 mという答えが出たとすると、積乱雲に関わる100 mスケールの何らかの重要な現象があるはずです。例えば、雲周辺で発生する100 m規模の乱流が積乱雲の生成や発達に影響を与えているのかもしれません。必要な解像度を導き出す研究は、積乱雲などの気象現象の理解を深めて、気象モデルを改良する上でも重要なヒントを与えてくれるでしょう。

山地では、山を駆け登るように上昇気流が起きて積乱雲が発生します。そのため山地で積乱雲が発生する位置は、地形の影響を大きく受けます。起伏に富んだ山地で積乱雲の位置を再現するには、平たんな地域に比べて高い解像度が必要となるはずです。発生位置や時刻、降水量・風などの特徴ごとにも、再現に必要な解像度は異なるかもしれません。

この研究の目的は、風水害をもたらす気象現象の蓋然性の推定を可能にする気象モデルには、どれくらいの解像度が必要なのか、目標を示すことです。それにより、開発中の気象モデルが理論的な精度の何割くらいを達成できるのかを評価できるようにします。