研究概要
雲の材料である熱や水蒸気の供給源は地表面です。
積乱雲など雲の発生・発達を再現するには、地表面付近から、どれくらいの量の熱や水蒸気が上空へ運ばれるのかを正確に推定する必要があります。その量を左右しているのが、地面付近で起きている不規則な空気の流れ「乱流」です。
その乱流は、地表面付近の現象である、例えば竜巻の強さや進路にも大きく影響を与えるかもしれません。
伊藤さんらは、1m解像度の気象モデルで必要となる、地表面付近の1mオーダーの乱流を推定できる新しい計算式を導き出しました。その計算式を、このプロジェクトで開発している新しい気象モデルに導入します。
研究内容
地表面付近の乱流は、空気と地表面が接する境界での摩擦力で、空気の流れがよどむことで発生します。その乱流により、地表面側の空気が上へ、上空側の空気が下へ運ばれる、空気の交換が起きています。
空気と一緒に熱や水蒸気が上へ移動します。雲の材料となる地表面付近の熱や水蒸気が上空へ運ばれる量を知るには、ある風速の風が地表面付近に吹いたとき、乱流によって地面側の空気がどれくらいの量、上へ運ばれるかを計算する必要があります。
この量の計算は簡単ではありません。地表面付近では、マイクロメートル(1,000分の1mm)オーダーの微小な乱流から、メートル、キロメートルオーダーの大きな乱流まで、さまざまなスケールの乱流が起きています。その全ての乱流を物理法則に基づいて直接計算するには膨大な計算量が必要で、未来の超高速コンピュータでも計算し切れないはずだからです。
そこで、乱流の実験データや自然の観測データの分析から、地表面に吹く風の風速と、地表面付近の乱流で空気が上へ運ばれる輸送の関係を示す計算式が導き出され、気象モデルに導入されています。しかし現在の計算式は解像度が高くなると誤差が大きくなってしまいます。
高解像度化すると誤差が大きくなるとは、どういうことでしょうか。そもそも気象モデルは大気を格子に区切って計算しています。その格子の細かさが空間の解像度です。現在の気象モデルでは、地表面付近は水平方向が数km、垂直方向が数十mといったサイズの格子に区切っています。空間の解像度が細かいほど、短い時間の平均値で計算を行います。現在の水平方向が数kmの格子では数百秒平均の値で計算します。地表面付近の乱流も、数百秒間の平均値を推定できる計算式が導入されています。
気象制御を目指す2050年代の気象モデルでは、1m四方の格子に区切った空間解像度が想定されています。地表面付近の乱流も1mオーダーの変動をなるべく正確に推定する必要があります。そのときの時間解像度は、空間解像度の水平方向数kmが1mになるのに対応して、数百秒から1秒以下へと短い時間平均値で計算する必要が生じます。つまり1mの高解像度の気象モデルには、地表面付近で起きる、1秒以下平均・1mオーダーの乱流の輸送と風速との関係を推定できる計算式を導入する必要があるのです。
伊藤さんらは、その計算式を導き出すために、実験室内の床の近くで発生する乱流を計測する風洞実験データを活用することにしました。
風洞実験のデータを、縦軸を地表面付近の空気が上へ運ばれる輸送の大きさ、横軸を風速にしてまとめたものが図3です。緑色は5秒平均・10mオーダーの乱流、紫色は0.5秒平均・1mオーダーの乱流の計測データです。
従来の計算式が水色の破線です。縦軸は下側ほど輸送が大きくなるので、強い風が地表面に吹くほど乱流の輸送は大きくなる、という関係性を破線は示しています。
水色が、現在の気象モデルが扱っている、数百秒平均・数kmオーダーの乱流データを示す点の集まりです。水色は破線の上にのっています。そのオーダーの乱流は現在の計算式でうまく推定できているのです。
しかし、緑色の点の多くは破線から離れ、紫色の点はさらに遠く離れて分布しています。現在の計算式では1mオーダーの乱流の推定誤差はとても大きくなります。高解像度化すると誤差が大きくなるのです。
1mオーダーの乱流の輸送と風速の間には、何らかの関係性はあるのでしょうか。この研究を伊藤さんと共同で行った毛利英明さん(気象庁気象研究所)が流体力学的な解析を行い、関係性を表す計算式を導き出すことに成功しました。それが図4です。各点は全て1秒以下平均・1mオーダーの乱流の実験データの分布で、新しい計算式が示す放物線のような曲線に沿って分布しています。その曲線が示す意味は、10分平均の風速よりも弱い風ほど、あるいは強い風ほど、乱流による輸送が大きくなる、というものです。
一方、従来の計算式の直線とデータの分布には大きな隔たり(誤差)があります。新しい計算式は従来に比べて誤差を5〜7割ほど減らすことができました。
伊藤さんらは、1m空間解像度の気象モデルで必要となる、地表面付近の1mオーダーの乱流を推定できる計算式を導き出すことに成功したのです。導き出した計算式は風洞実験のデータに基づいています。伊藤さんらは現在、屋外での地表面付近の乱流の観測データによって、計算式が正しいかどうか検証を進めているところです。海か陸か、森林か都市かといった地表面の状態や、昼か夜かによっても、乱流の強さや性質が変わります。地表面の状態や気象状態によって乱流の計算式を少し変える必要があります。
この開発プロジェクトでは、積乱雲や竜巻の蓋然性の推定を行うために、1m以下の空間解像度を目指した新しい気象モデルの開発を進めています。その気象モデルに新しい計算式を導入して積乱雲や竜巻などを再現し、従来の計算式を導入した場合との違いなどを調べていく計画です。